CO₂を排出することに価格を付け、企業の脱炭素投資を促す。そのための仕組みの一つが、排出量取引制度「GX-ETS」です。日本では自主的な取組の段階を経て、2026年度から一定規模以上の事業者を対象とする法定の制度が本格稼働しています。
電力業界では、火力発電の排出量や発電コストとの関係が重要になります。この記事では、対象事業者、排出枠の売買、今後のスケジュールを整理し、電力価格に影響する経路を考えます。制度の基本は2026年10月時点の公式案内に基づき、計算例は説明用の仮定を用いています。
1. GX-ETSとは?CO₂の排出枠を取引する仕組み
GXはGreen Transformation、ETSはEmissions Trading Schemeの略です。GX-ETSでは、対象事業者に排出枠を割り当て、排出実績との過不足に応じて取引できるようにします。
経済産業省の排出量取引制度の公式説明では、対象事業者は毎年度、排出実績量と同量の排出枠を法令上の期限までに保有することが求められます。排出枠が不足すれば、他の事業者などから調達する必要があります。
排出量を減らす設備投資には費用がかかりますが、削減によって排出枠の購入を減らせたり、余った枠を売却できたりすれば、投資の経済的なメリットが生まれます。このように、排出削減を企業の意思決定に結びつけるのが制度の狙いです。
2. 対象は誰?「直接排出量10万トン以上」の意味
法定制度の対象は、CO₂の直接排出量が前年度までの3年度平均で10万トン以上の事業者です。単年度だけを見た基準ではありません。判定の基本はGX推進機構の制度案内で確認できます。
直接排出とは、例えば自ら燃料を燃やして発生させるCO₂です。外部から購入した電気の使用に伴う間接排出と区別します。企業の温室効果ガス算定で用いるScope 1に近い概念ですが、制度対象の判定はGX推進法に基づく算定範囲・方法で行います。
このため、電気を大量に販売する小売会社が、販売電力量の多さだけで自動的に対象になるわけではありません。一方、火力発電を行う事業者は、自ら燃料を燃焼する際の直接排出が関係します。
判定は原則として事業者単位であり、個々の工場だけを見て対象外と判断しないことも重要です。組織の範囲や排出量の集計方法は、公式マニュアルで確認する必要があります。
3. 排出枠の割当てから取引までを数値例で理解する
2026年度からの制度では、政府の基準に従って排出枠を無償で割り当てることが基本です。2026年度版の制度リーフレットにも、この仕組みが示されています。無償割当てであっても、実績が枠を上回れば不足への対応が必要になります。
| 説明用の例 | A社 | B社 |
|---|---|---|
| 割り当てられた排出枠 | 10万t-CO₂ | 10万t-CO₂ |
| 実際のCO₂排出量 | 8万t-CO₂ | 12万t-CO₂ |
| 過不足 | 2万t-CO₂の余剰 | 2万t-CO₂の不足 |
| 対応の例 | 余剰枠を売却する | 不足枠を購入する |
この例では、A社からB社へ2万t-CO₂分の排出枠を売買することで、B社は不足を補えます。実際には保有枠、取引時期、各種調整なども関係するため、表は仕組みを単純化したものです。
取引そのものが、B社の煙突から出るCO₂を減らすわけではありません。削減コストと排出枠の調達コストを比較できるようにし、企業が削減に取り組む動機をつくる点が重要です。
4. 排出枠は、各社に同じ量が配られるわけではない
割当てでは業種や活動内容の違いを考慮します。政府の制度説明資料では、ベンチマーク方式を基本とし、対象とならない排出源にはグランドファザリングを用いる考え方が示されています。
| 方式 | 基本的な考え方 |
|---|---|
| ベンチマーク | 一定の活動量と、目指すべき排出原単位の水準を基に算定する |
| グランドファザリング | 過去の排出量を基礎に、所定の削減率などを反映して算定する |
排出原単位は、製品1トンや発電電力量など、活動量当たりの排出量を表します。生産量が異なる企業を単純な排出量だけで比べず、活動の規模や効率を踏まえて考えるための指標です。
実際の割当てには、早期削減、活動量の変化などに関する調整もあります。無償割当てがあるから負担が必ずゼロになるとも、前年の排出量がそのまま全量認められるとも限りません。
5. 2026年・2028年・2033年を混同しない
| 年度 | 主な動き | 区別したい点 |
|---|---|---|
| 2023年度〜 | GXリーグで自主的な排出量取引を開始 | 企業の自主的な取組を基礎とする段階 |
| 2026年度〜 | 一定規模以上の事業者を対象に法定制度が本格稼働 | 対象者の算定・報告・排出枠保有等の義務に関わる |
| 2028年度〜 | 化石燃料賦課金を導入 | 燃料の輸入事業者等を対象とする別の仕組み |
| 2033年度〜 | 発電事業者を対象とする排出枠のオークション制度を開始 | 発電部門の排出枠の段階的な有償化に関わる |
自主的な取組からの移行は経済産業省のカーボンプライシング構想、2028年度・2033年度の措置はGX推進機構の業務案内で整理されています。
2026年度の制度開始は、その年度の初日からすべての報告や排出枠の割当て・取引が同時に完了するという意味ではありません。算定対象年度、届出時期、枠の割当て・保有期限には、それぞれのスケジュールがあります。
初年度については、2026年4月1日から直接排出量等を算定し、同年9月30日までに制度対象である旨の届出や移行計画の提出を行うことが案内されています。以後の報告・確認・保有手続きは、公式ページのマニュアルと関係法令で対象年度ごとに確認してください。
6. 電力価格にはどう影響する?
電力分野では、CO₂を排出する発電の経済性に炭素価格が関わります。同じ1kWhでも排出量が異なれば、炭素価格に対する感応度も異なります。
炭素価格に対応する金額(円/kWh)=排出原単位(t-CO₂/kWh)×炭素価格(円/t-CO₂)
| 説明用の仮定 | 電源A | 電源B |
|---|---|---|
| 排出原単位 | 0.4kg-CO₂/kWh | 0.8kg-CO₂/kWh |
| 仮定の炭素価格 | 5,000円/t-CO₂ | 5,000円/t-CO₂ |
| 単位換算後の計算 | 0.0004 × 5,000 | 0.0008 × 5,000 |
| 炭素価格に対応する金額 | 2円/kWh | 4円/kWh |
この5,000円は説明のための仮定であり、実際のGX-ETS価格、政府の設定価格、将来の予測ではありません。排出原単位も仮定です。表の2円・4円が、そのまま発電事業者の購入負担や電気料金の値上がりになるわけではありません。
実際の現金支出は、無償割当量、不足量、購入価格などに左右されます。また、余剰枠を売却できる場合には、枠を自ら使うことで売却機会を失うという経済的な考え方もあります。現金支出と、発電判断に織り込むコストは分けて見る必要があります。
卸電力価格への反映は、発電事業者の入札や相対契約、市場の需給などによって変わります。さらに家庭や企業の料金への影響は、小売の調達方法や料金メニュー次第です。制度開始だけを根拠に、一律の値上がり額を示すことはできません。
電源間の費用比較はメリットオーダーの解説、燃料費と火力発電の収益性はスパークスプレッドの解説も参考になります。
7. 化石燃料賦課金・非化石証書との違い
GX-ETSと化石燃料賦課金は、どちらも炭素に価格を付ける政策ですが、対象と負担の仕組みが異なります。前者は排出枠と実績排出量を対応させる制度、後者は化石燃料の輸入事業者等に賦課する仕組みです。
また、非化石証書は電気の非化石価値を扱うものです。GX-ETSの排出枠と同一の商品ではなく、非化石証書を購入すれば、そのまま火力発電の直接排出に対する排出枠保有義務を履行できる、という理解は適切ではありません。
電気の環境価値については非化石価値・非化石証書の解説で整理しています。排出枠と他制度の商品を比較する際は、何を証明し、どの義務や目的に使えるものかを確認することが重要です。
8. まとめ
GX-ETSは、排出枠の保有義務と取引を通じて、CO₂削減への動機をつくる制度です。2026年度からの法定制度では、前年度までの3年度平均で直接排出量10万トン以上の事業者が対象となります。
電力業界では、排出原単位、無償割当て、不足枠の調達、将来の有償化を分けて見ることが大切です。2028年度の化石燃料賦課金や2033年度のオークションも含め、制度の対象と時間軸を整理すると、発電・小売への影響を捉えやすくなります。

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