電力市場では、同じ時間帯でも東京エリアと中部エリアなどで電力価格が異なることがあります。
この価格差を「エリア間値差」と呼びます。
エリアをまたいで電力を調達・販売する事業者にとって、エリア間値差は収益を変動させるリスクの一つです。
そのリスクを軽減するために設けられたのが、間接送電権です。
この記事では、間接送電権の基本的な仕組みから、実際の損益計算、電力先物との違い、制度を利用する際の注意点まで解説します。
1. 間接送電権とは?
間接送電権とは、異なる電力エリア間で発生するスポット市場の価格差(エリア間値差)を、金銭的に精算する権利です。
日本卸電力取引所(JEPX)が運営する間接送電権市場で取引されています。
例えば、東京エリアで電力を販売し、中部エリアで電力を調達する事業者を考えます。
東京エリアの市場価格が15円/kWh、中部エリアの市場価格が10円/kWhだった場合、両エリアには5円/kWhの価格差があります。
エリア間値差の影響を受ける契約構造であれば、この価格差が事業者の収益を左右することになります。
そこで、対象となる連系線・方向の間接送電権を保有していれば、所定の条件に従ってエリア間値差に基づく金銭の交付・徴収を受けられます。
重要なのは、間接送電権は、送電線を優先的に利用できる権利ではないという点です。
実際の電気の流れを直接指定するのではなく、市場価格の差を金銭的に精算する仕組みです。
2. なぜエリア間で電力価格が異なるのか?
日本の電力市場は、北海道、東北、東京、中部、北陸、関西、中国、四国、九州などのエリアに分かれています。
各エリアは地域間連系線で接続されており、電力を融通することができます。
ただし、地域間連系線には送電できる容量の上限があります。
例えば、次のような状況を考えてみましょう。
- Aエリア:安価な発電所が多く、電力価格は10円/kWh
- Bエリア:電力需要が多く、電力価格は15円/kWh
- AエリアからBエリアへの連系線:すでに送電可能量の上限に達している
この場合、Aエリアの安い電力をBエリアに十分に送れないため、エリア間で価格差が生じることがあります。
このように、連系線の制約などによってエリアごとに市場価格が異なる状態を市場分断といいます。
市場分断が発生すると、エリアをまたぐ電力取引では、想定していなかった値差負担が生じる可能性があります。
JEPXのスポット市場の基本的な仕組みについては、関連記事「JEPXとは?電力業界で働く人が知っておきたい仕組みと基礎知識」でも解説しています。
3. 間接送電権の仕組み
間接送電権の基本的な流れは、次のとおりです。
① 対象となる連系線・方向・期間を選ぶ
間接送電権は、任意の2エリア間について自由に購入できるわけではありません。
JEPXが設定した連系線、方向、受渡期間の商品を取引します。
② オークションで権利を購入する
事業者は、必要な数量と希望価格を入札します。
落札すると、約定した数量・価格に基づいて権利を保有します。
③ 対象期間のスポット市場でエリア間値差が発生する
実際の電力受渡日に、対象エリアのスポット価格が決まります。
④ 値差に基づく金銭精算を受ける
対象となる方向のエリア間値差、権利保有量、スポット市場の約定量などに基づき、JEPXとの間で交付・徴収が行われます。
つまり、事前に権利を購入することで、将来発生するエリア間値差の影響を一定程度固定化することができます。
ただし、精算にはスポット市場の約定量による上限などがあるため、権利を持っていれば必ず全量がヘッジされるわけではありません。
4. 【計算例】間接送電権を購入すると損益はどう変わる?
ここからは、具体的な数字を使って考えます。
説明を簡単にするため、東京・中部間の対象方向に対応する間接送電権を想定します。実際に購入できる商品や方向は、取引時点のJEPXの商品一覧で確認する必要があります。
ケース①:エリア間値差が発生した場合
次の条件を仮定します。
項目
条件
送電元エリア価格
10円/kWh
送電先エリア価格
15円/kWh
エリア間値差
5円/kWh
間接送電権の購入価格
2円/kWh
権利保有量
1,000kW
対象時間
30分
スポット市場約定量
精算上限を満たす数量
30分間に対応する電力量は、
1,000kW × 0.5時間 = 500kWh
です。
まず、エリア間値差による受取額を計算します。
5円/kWh × 500kWh = 2,500円
次に、間接送電権の購入費用を計算します。
2円/kWh × 500kWh = 1,000円
したがって、間接送電権の差引損益は、
2,500円 − 1,000円 = +1,500円
となります。
この例では、間接送電権から1,500円の利益が生じます。
ただし、これは権利単体の損益です。事業者全体の損益を評価するには、実際の電力調達・販売や契約上の値差負担と合わせて考える必要があります。
ケース②:エリア間値差が逆転した場合
今度は、送電元エリアの価格が15円/kWh、送電先エリアの価格が10円/kWhになったとします。
エリア間値差は、
10円/kWh − 15円/kWh = −5円/kWh
です。
同じ条件で計算すると、
値差精算額:−5円/kWh × 500kWh = −2,500円
権利購入費用:2円/kWh × 500kWh = 1,000円
差引損益:−2,500円 − 1,000円 = −3,500円
となります。
このように、間接送電権は常に利益を生む商品ではありません。
エリア間値差の方向が想定と逆転した場合には、権利単体で損失が発生することがあります。
一方、対応する現物取引側では逆方向の損益が発生する可能性があるため、ヘッジの効果は両者を合算して評価することが重要です。
5. 間接送電権の精算には「スポット市場約定量」の上限がある
ここは、実務上特に重要なポイントです。
間接送電権を1,000kW保有していても、必ず1,000kW分の値差精算を受けられるわけではありません。
JEPXのルールでは、対象時間帯におけるスポット市場の約定量が権利保有量を下回る場合、値差精算の対象数量が制限されます。
この判定では、原則として全エリアの売り・買い約定量を積算したグロス量を用い、経過措置用の入札による約定量は除外されます。
例えば、次の条件を考えます。
項目
条件
権利保有量
1,000kW
30分換算の権利電力量
500kWh
精算上限に用いるスポット約定量
300kWh
エリア間値差
5円/kWh
権利購入価格
2円/kWh
この場合、値差精算の対象は500kWhではなく、300kWhです。
値差精算額:
5円/kWh × 300kWh = 1,500円
一方、権利購入費用は保有量に基づくため、
2円/kWh × 500kWh = 1,000円
となります。
差引損益は、
1,500円 − 1,000円 = +500円
です。
仮に500kWh全量が精算対象であれば、差引損益は1,500円でした。
しかし、スポット約定量が不足したため、実際の差引損益は500円にとどまります。
間接送電権を活用する際には、権利の保有数量だけでなく、実際のスポット市場約定量との整合性を確認する必要があります。
なお、上記の計算例では手数料、税金、端数処理などを省略しています。
6. 間接送電権と電力先物の違い
間接送電権と電力先物は、いずれも電力市場の価格変動リスクを管理するために利用されます。
ただし、ヘッジする対象が異なります。
比較項目
間接送電権
電力先物
主な目的
エリア間値差のリスク軽減
電力価格水準の変動リスク軽減
対象
指定されたエリア間の価格差
契約で定めた電力価格指標
取引場所
JEPX
電力先物を扱う取引所など
精算
値差・権利量・現物約定量等に基づく
商品ごとの決済価格・契約条件に基づく
主な注意点
対象方向、現物約定量、権利価格
ベーシスリスク、証拠金、流動性など
例えば、将来の東京エリアの電力価格が上昇するリスクを抑えたい場合、東京エリア価格を参照する電力先物が候補になります。
一方、中部エリアと東京エリアの価格差そのものを管理したい場合には、対象方向の間接送電権が候補になります。
実際の事業では、電力価格の絶対水準とエリア間値差の両方が収益に影響するため、両者を組み合わせたリスク管理も考えられます。
7. 間接送電権を利用する際の4つの注意点
① 対象となる連系線と方向が限定される
間接送電権は、全国の任意のエリア間値差を直接ヘッジできる商品ではありません。
JEPXが設定する連系線・方向ごとの商品を確認する必要があります。
例えば、関西エリアと東京エリアの価格差を管理したい場合でも、その2エリア間の値差を一つの権利で直接精算できるとは限りません。
複数の連系線にまたがる場合は、商品設定や各エリアの価格関係を踏まえた検討が必要です。
② 現物の電力取引と整合させる必要がある
間接送電権は、現物電気の取引と一体で利用することが前提となる制度です。
電気の実物取引を目的としない裁定取引などは、JEPXの取引規程に抵触する可能性があります。
単純に「価格差が大きくなりそうだから買う」という投機目的の取引とは区別して考える必要があります。
③ 権利の購入費用が発生する
間接送電権の購入価格は、将来の値差に対するヘッジコストです。
仮にエリア間値差が発生しなかった場合でも、権利購入費用などの負担は残ります。
そのため、想定値差だけでなく、購入価格や手数料も含めてヘッジ効果を評価することが重要です。
④ 連系線の制約によって権利数量が減少する場合がある
連系線の運用容量などの条件によって、保有する権利数量が減量される場合があります。
その結果、当初想定した数量を全てヘッジできない可能性があります。
したがって、間接送電権はエリア間値差のリスクを軽減する手段ではありますが、すべてのリスクを完全に解消する商品ではありません。
8. 2025〜2026年の制度動向
間接送電権については、2025年にJEPXの検討会で制度の在り方が議論されました。
主な論点は、商品設定の拡充や売り入札価格の見直し、取引の適正化などです。
商品設定の拡充
従来の間接送電権市場では、取引対象となる連系線や方向が限られていました。
2025年の検討では、対象となる連系線・方向の追加が取りまとめられました。
また、従来の週間商品に加えて、より長い期間の値差リスクに対応するため、年間商品の導入も検討されました。
長期間のエリア間取引を行う事業者にとっては、ヘッジ期間の選択肢が広がることに意味があります。
2026年の運用変更
2026年4月には、JEPXが間接送電権市場の売り入札量・価格の考え方について資料を公開しました。
また、2026年6月13日受渡分から、間接送電権の清算書の様式が変更されています。
この変更では、清算方法の基本的な考え方は維持されており、主に新システムへの移行に伴う清算書の形式や取得方法などが見直されました。
制度や商品設定は今後も変更される可能性があるため、実際に取引する際にはJEPXの最新の取引規程、商品一覧、取引スケジュールを確認することが重要です。
9. 間接送電権はどのような事業者に役立つのか?
間接送電権は、特にエリアをまたいだ電力取引を行う事業者にとって重要なリスク管理手段です。
例えば、あるエリアに発電所を保有する発電事業者が、別のエリアの小売電気事業者に電力を販売するケースが考えられます。
契約の価格決定方法によっては、発電エリアと販売エリアのスポット価格差が収益に影響します。
こうした場合、間接送電権を利用することで、エリア間値差の変動による影響を軽減できる可能性があります。
ただし、ヘッジが必要かどうかは、発電所や需要家の所在地だけで決まるわけではありません。
契約上、誰がどのエリアの市場価格を負担するのかを確認することが重要です。
エリア間値差のリスクを契約相手が負担する条件であれば、自社が間接送電権を購入する必要性は異なります。
そのため、間接送電権の活用を検討する際には、まず電力販売契約・調達契約における価格リスクの所在を整理することが出発点になります。
10. まとめ
間接送電権は、電力のエリア間取引で発生する価格差リスクを軽減するための制度です。
押さえておきたいポイントは、次の5つです。
- 間接送電権は、指定されたエリア間のスポット価格差を金銭的に精算する権利
- エリア間値差は、地域間連系線の制約などによる市場分断で発生する
- 値差精算には、権利保有量だけでなくスポット市場約定量による上限がある
- 電力先物が主に価格水準の変動を対象とするのに対し、間接送電権はエリア間値差を対象とする
- 実際のヘッジ効果は、現物取引・契約条件・権利購入費用を合わせて評価する必要がある
電力市場のリスク管理を考えるうえでは、単に市場価格が上がるか下がるかだけでなく、どのエリアの価格を参照しているのかも重要です。
間接送電権の仕組みを理解することは、エリア間取引の収益構造やヘッジ戦略を考える第一歩になるでしょう。
参考資料
- 日本卸電力取引所(JEPX)|間接送電権市場
- 日本卸電力取引所(JEPX)|取引概要・取引規程
- JEPX|間接送電権の制度・在り方等に関する検討会とりまとめ(2025年)
- JEPX|間接送電権清算書の変更について(2026年5月)
- 資源エネルギー庁|エネルギー白書2020(市場分断・エリア間値差の説明)
※本記事は2026年10月時点の公開情報をもとに作成しています。計算例は制度理解のための仮定であり、実際の取引条件や損益を保証するものではありません。

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